『Paranoid』by Black Sabbath /『パラノイド』ブラックサバス

先日、オジー・オズボーンがこの世を去ったというニュースが世界を駆け巡った。ヘヴィメタルの始祖として、彼が残した音楽はあまりにも重く、鋭く、そして時に予言的だった。
中でも、Black Sabbathの名盤『Paranoid』に刻まれた戦争と狂気の音は、今この瞬間の世界情勢、繰り返される爆撃のニュースと不気味な共鳴を起こしている。
発表から半世紀以上、このアルバムは今なお変わらない現実を鳴らしている。
リリース:1970/9/18
ジャンル:ヘヴィメタル・ハードロック
レーベル:ヴァーティゴ
プロデューサー:ロジャー・ベイン
サウンド
『Paranoid』は、ハードロックとヘヴィメタルを決定的に分かつ地点に位置する作品である。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルといった同時代のハードロック勢と比較しても、ブラック・サバスのサウンドは異質だった。何より、トニー・アイオミのギターが発するトーンの重さは、後のメタルの基礎そのものと言ってよい。
指の切断という事故を経て、義指を用い、チューニングを下げるというアイオミ独自の奏法が、この重さを生んだ。その結果、ブラック・サバスのリフは単なるロックの延長ではなく、聴覚を圧迫する質量を獲得した。
メッセージ
『Paranoid』は、シンプルかつ中毒性のあるリフを軸に構成されているが、その歌詞世界は明確にリアルを志向している。うつ、戦争、薬物、死──当時の若者を取り巻いていた現実を、虚飾なく叩きつけた。
収録曲「Paranoid」は精神疾患の孤独と混乱を描き、「Hand of Doom」はベトナム帰還兵の薬物依存と精神崩壊を冷酷に綴っている。「Electric Funeral」は核戦争後の黙示録的世界を描写し、「War Pigs」は権力者による戦争の無責任さを糾弾する。
これらの曲は、ヒッピー文化が夢見た愛と平和を完全に否定する。ブラック・サバスが提示するのは、幻想ではなく現実、救済ではなく絶望である。
バックボーン
1970年当時、イギリスは経済不安と失業率の上昇に苦しんでいた。アメリカではベトナム戦争が泥沼化し、若者の徴兵や反戦運動が激化していた。『Paranoid』は、まさにそのような時代の「出口のない怒り」を代弁するアルバムである。
ブラック・サバスの音楽は、単なる重低音のロックではない。歌詞とサウンドの両面で、体制や権威への不信、社会の病理、そして個人の崩壊を描いており、それゆえに今日まで強いリアリティを持ち続けている。
収録曲
1 War Pigs
冒頭から重厚なギターリフに、安定したベースとリズミカルなドラムが加わり、本作の方向性を明確に示している。本曲は、反体制的なアルバムの先鋒として、早々に反戦メッセージを打ち出した。その矛先は、兵士ではなく、彼らを動かす政治家や軍部に向けられている。
2 Paranoid
シンプルかつキャッチーなギターリフが特徴の人気曲。ノリやすいメロディーラインからは、ヤードバーズの影響が感じられる。このジャンルでは珍しく、歌詞のテーマは失恋である。
3 Planet Caravan
サイケデリックな雰囲気と、こもったようなボーカルが印象的な楽曲。宇宙を旅するような壮大で瞑想的な歌詞に、ボンゴによるパーカッションがアフリカ的な色彩を加え、従来のロックの枠を超えた体験をもたらしている。
4 Iron Man
アルバムのみならず、バンドを代表する楽曲。構成を力強く支えるギターリフは、一度聴けば忘れられない。重厚に展開しつつ、中盤でテンポアップし、終盤にはドラムとギターソロが高揚感を演出する。構造はシンプルながら、リスナーを飽きさせない。ストーリーはそのサウンド以上にヘビーであり、意外にも、同名の人気コミックとは無関係である。
5 Electric Funeral
ワウペダルで歪ませながら下降していくギターリフが特徴。オジー・オズボーンの歌唱が語るのは、核戦争と放射能によって荒廃した恐ろしい世界であり、それ自体が強烈な警告となっている。
6 Hand of Doom
薬物乱用と、それによる破滅を描いた一曲。背景には、ベトナム戦争中の米兵がヘロインに依存していたという事実がある。ドラッグの影響を象徴するかのように、曲中では何度もテンポが変化し、使用されるギターフレーズもアルバム中で最も多様である。
7 Rat Salad
悍ましさを予感させるタイトルだが、アルバムで唯一のインストゥルメンタル曲である。これまで“縁の下の力持ち”であったビル・ワードのドラムテクニックを存分に堪能できる。
8 Fairies Wear Boots
ラストにして唐突にファンタジー的なストーリーが展開されるが、曲の終盤であまりに現実的なオチが明らかになる。物語の流れに沿うように、ブルージーなリフから始まり、安定した展開、ギターソロを経て、ラウドなエンディングへと至る。

