
解説
1970年代初頭、デヴィッド・ボウイはコカイン中毒に苦しみ、肉体的・精神的に崩壊の危機に瀕していた。この混乱の中で彼はアルバム『Young Americans』や『Station to Station』を制作したが、制作過程の記憶をほとんど失っている。1976年、彼は混乱から脱するため、西ベルリンに移住。匿名性を求めた彼は、イギー・ポップやブライアン・イーノと共同作業を開始し、特にイーノとの出会いによって「ベルリン三部作」の礎を築いた。その最初の作品『Low』は、フランスのスタジオで誕生し、クラウトロックや電子音楽の影響を取り入れた先鋭的なサウンドで彼のキャリアに新たな方向性を与えた。
『Low』の制作では、従来の手法を一新し、まずバンドによる演奏を録音し、その後にボウイとイーノが素材を分解・再構築するという手法が取られた。プロデューサーのトニー・ヴィスコンティの技術革新も加わり、アルバムは鋭く凝縮された音で構成されている。一方、歌詞の多くは即興的かつ断片的で、ボウイの内面的な苦悩や孤立感が反映されている。これらの特徴は、当時のボウイの状況やベルリンの背景と強く結びついている。
『Low』の1枚目は短い楽曲を断片的につなぎ合わせた構成で、未来志向でありながら悲しさが漂う雰囲気を持つ。一方、2枚目はほとんどがインストゥルメンタルで構成され、冷戦下のソビエト圏にオマージュを捧げるエモーショナルな実験が展開されている。「Warszawa」や「Art Decade」といった楽曲は、冷戦下の雰囲気やボウイの精神状態を色濃く反映し、孤独感や深い感情を呼び覚ます要素を備えている。
アルバム全体は「過去の自分との決別」や「新たな人生の模索」を象徴しており、音楽とメッセージの両面で大胆な試みが随所に見られる。評論家たちはアルバムのアヴァンギャルドな側面を評価する一方で、そのメロディアスさや感情的な要素も高く評価している。ピッチフォーク誌は、『Low』全体を「未来の断片を美的に表現した未来派の廃墟」と称し、ヴィスコンティとイーノの手腕、そしてボウイの革新的なビジョンの融合が成功を導いたと指摘している。
この時期のボウイは、コカイン中毒から抜け出す過程で、イギー・ポップのアルバム制作を支援しつつ、自身の内面とも向き合い、『Low』を生み出した。「A New Career in a New Town」といった楽曲は、新たな人生を模索する彼の心情を表している。アルバムジャケットも「Low」という言葉が示す通り、失墜や隠遁生活を象徴し、彼のアイデンティティーの再構築を暗示している。
『Low』は音楽的な進化に留まらず、アルバム全体が感情的・視覚的なコンセプトを備えた点でも特筆すべき作品である。冷戦下の監視塔を見下ろすスタジオの窓から感じ取った緊張感は、音楽の暗さや孤独感に反映されている。一方で、こうした暗い要素を持ちながらも、アルバムには復活への希望が漂っている。この二面性がリスナーを強く惹きつけている。
その後、ボウイは『Low』を皮切りに『Heroes』や『Lodger』を発表し、前衛的な音楽の新境地を切り拓いた。評論家たちは『Low』を「ベルリン三部作」の序章にとどまらない、独立したアート作品として高く評価している。今日に至るまで、その影響力は色褪せず、クラシックなロックアルバムとして愛され続けている。
トラックリスト
1 Speed of Life
2 Breaking Glass
3 What in the World
4 Sound and Vision
5 Always Crashing in the Same Car
6 Be My Wife
7 A New Career in a New Town
8 Warszawa
9 Art Decade
10 Weeping Wall
11 Subterraneans

