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David Bowie ”Heroes”

解説 デヴィッド・ボウイのアルバム『Heroes』は、1977年に制作されたベルリン・トリロジーの2作目であり…

解説

デヴィッド・ボウイのアルバム『Heroes』は、1977年に制作されたベルリン・トリロジーの2作目であり、音楽史上の重要な転換点として位置づけられている。このアルバムは、ボウイがロサンゼルスの放蕩的な生活から抜け出し、自己再生を試みるためベルリンを拠点に活動を再開した時期の作品だ。当時のベルリンは冷戦下で不気味で危険な都市とされていたが、その環境はボウイに新たなインスピレーションを与えた。

録音は、ベルリンの壁に隣接する歴史あるハンザ・スタジオで行われた。スタジオ周辺は「死の地帯」と呼ばれ、過酷な冷戦の象徴でもあったが、その異様な雰囲気が音楽に影響を与えた。プロデューサーのトニー・ヴィスコンティは当時を「双眼鏡で監視され、銃を突きつけられている中での制作」と語っている。こうした極限の状況が、アルバム全体に緊張感とエネルギーをもたらした。

アルバムは、半分がボーカル曲、もう半分がインストゥルメンタル曲という『Low』の構成を踏襲している。ボーカル曲は感情の高まりと実験的なエネルギーを兼ね備えており、特にタイトル曲「Heroes」は、個人的で儚い英雄性を象徴する不朽の名作だ。この曲でのボウイのボーカルは、圧倒的なエモーションを込めたもので、日常の中に潜む勇気を讃えている。一方、インストゥルメンタル曲はクラウトロックやヨーロッパのシンセポップから影響を受けた前衛的な響きを持つ。

アルバム制作には、前作のミュージシャンが再結集し、特にロバート・フリップのギター演奏が際立っている。フリップは6時間以上にわたる即興演奏を繰り広げ、サウンドに金属的で尖ったトーンを加えた。その一方で、ボウイとブライアン・イーノの実験的なアプローチは、アルバムに一貫したモダンな革新性を提供している。

ボウイ自身は、当時の苦境や内面的な葛藤を音楽に反映させた。歌詞には、破綻した結婚や依存症といった個人的なテーマが暗示されている。また、「Beauty and the Beast」では、過去の自身への反省や謝罪のようなテーマが取り上げられている。音楽的には、リトル・リチャードのブギー調から電子音響まで、多様なジャンルを大胆に融合している。

『Heroes』のマーケティングは「オールド・ウェイブあり、ニュー・ウェイブあり、そしてデヴィッド・ボウイあり」というフレーズで象徴され、パンクが熱狂する時代の中で、静かな反抗を示した作品でもあった。テレビ出演では、スマートな服装で無表情に歌い上げるボウイの姿が、そのクールさを一層際立たせた。

このアルバムは、音楽的な冒険心とリスナーへの挑戦に満ちており、次世代のミュージシャンに大きな影響を与えた。ベルリンの冷たい現実と、そこから生まれた新しい創造性が『Heroes』の特徴を成している。ボウイはこの作品を通じて、資本主義的な成功の虚飾を振り払い、魂の探求を進めたアーティストとしての成長を示したのである。

結果として『Heroes』は、混沌とした時代において静かなる希望をもたらす存在となり、後のエレクトロニック・ミュージックの礎を築く一枚として評価され続けている。

トラックリスト

1 Beauty and the Beast
2 Joe the Lion
3 ”Heroes”
4 Sons of the Silent Age
5 Blackout
6 V-2 Schneider
7 Sense of Doubt
8 Moss Garden
9 Neuköln
10 The Secret Life of Arabia