
解説
ブラック・ミディの3枚目のアルバム『Hellfire』は、バンドの革新的な音楽性と緻密なストーリーテリングを凝縮した、スリリングで挑戦的な作品である。本作は、イギリスのラフ・トレード・レコーズから2022年7月15日にリリースされ、リードシングル「Welcome to Hell」をはじめ、同年のワールドツアーでのプロモーション活動を通じて世界中のファンに届けられた。
アルバム制作は、バンドがロンドンで隔離生活を送る中で進行した。フロントマンのジョーディー・グリープは『Hellfire』を「壮大なアクション映画」と表現し、その楽曲には彼が経験した実話をベースにした誇張されたストーリーが織り込まれている。アルバム全体を通じて描かれるのは、欲望、罪悪感、そして堕落に満ちたキャラクターたちの暗黒の世界観だ。
アルバム冒頭のタイトル曲「Hellfire」は、スタッカートのバイオリンとマーチングドラムが特徴的なスリリングな楽曲で、グリープの癖のあるボーカルが楽曲に劇的な緊張感を与えている。続く「Sugar/Tzu」は、2163年を舞台にした未来のボクシング試合を題材にした楽曲で、爆発的なジャズリフが展開される一方、シングル「Welcome to Hell」ではブラック・ミディらしいスカスカなギターサウンドと変拍子のリズムが際立つ。
このアルバムでは、ジョーディー・グリープだけでなくバンド全体がさらなる進化を遂げた。カイディ・アキニビ(サックス)やセス・エヴァンス(ピアノ)などのレギュラーサポートに加え、バイオリン奏者ジェルスキン・フェンドリックスやスペイン人パーカッショニストのデミ・ガルシア・サバットなど多様なゲストが参加。それぞれがアルバムのユニークな音世界を構築する一助となった。
特に注目すべきは、キャメロン・ピクトンのボーカルの成長である。彼は「Eat Men Eat」や「The Defence」といった楽曲でXTCのコリン・ムーディングを彷彿とさせるメロディアスな歌唱を披露し、アルバム全体に幅広い表現力をもたらしている。「Eat Men Eat」ではホラー映画のようなビジュアルが音楽に反映されており、スリリングな物語が展開される一方、「The Defence」ではウィットに富んだ歌詞がアルバムに軽妙な一面を加えている。
アルバムのクライマックスともいえる「27 Questions」は、死にゆく俳優フレディ・フロストの物語を描いた楽曲であり、ブラック・ミディの物語性と音楽的ダイナミズムが見事に融合している。この楽曲では、デヴィッド・ボウイを想起させるイントロから、ミュージックホール調の間奏、哲学的な問いを投げかける詩的な歌詞に至るまで、様々な要素が詰め込まれている。
アルバム全体に漂うブラックユーモアやシニカルな視点は、「地獄の業火」というタイトルにふさわしいものであり、音楽だけでなく歌詞や物語の面でもリスナーを深く引き込む。この作品には、従来のポップやロックの枠に収まらない複雑な要素が多く含まれ、ブラック・ミディがいかにジャンルを超えて進化しているかを示している。
彼らのこれまでの作品と比較すると、『Hellfire』は『Cavalcade』のジャズ・プログレ路線をさらに押し進めた一方、デビューアルバム『Schlagenheim』の持つ爆発的なエネルギーを巧妙に統合している。その結果、ブラック・ミディは自らの音楽的アイデンティティを確立し、実験的でありながらも明確な方向性を持つ作品を生み出した。
『Hellfire』は、ブラック・ミディが自分たちのために音楽を作り続けているという姿勢を示しつつ、聴き手に新しい驚きを提供するアルバムである。実験精神と高度な技術、そして圧倒的な表現力が詰まったこの作品は、今後のブラック・ミディの展望を示唆するだけでなく、現代ロックシーンにおける新たな指標としても位置づけられるだろう。
トラックリスト
1 Hellfire
2 Sugar/Tzu
3 Eat Men Eat
4 Welcome To Hell
5 Still
6 Half Time
7 The Race Is About To Begin
8 Dangerous Liaisons
9 The Defence
10 27 Questions

