監督 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック
ピーター・ジョージ
テリー・サザーン
原作 ピーター・ジョージ 『破滅への二時間』
製作 スタンリー・キューブリック
ヴィクター・リンドン
音楽 ローリー・ジョンソン
撮影 ギルバート・テイラー
編集 アンソニー・ハーヴェイ
配給 コロンビア ピクチャーズ
主演 ピーター・セラーズ
助演 スターリング・ヘイドン
ジョージ・C・スコット
1964年 93分
解説
スタンリー・キューブリックの名作『博士の異常な愛情』は、ピーター・ジョージの小説『破滅への二時間』を基に制作された。映画化権を取得した当初、キューブリックはスリリングなアクション映画を構想していたが、脚本執筆の過程で風刺作品に方向転換する。その理由は、核戦争のテーマがあまりに恐ろしく、真面目に扱うよりも皮肉な視点で描く方が適切であると考えたからだ。この転換には、ブラックユーモア作家テリー・サザーンの助力も大きく関わっており、彼の才能が脚本に深みを加えた。最終的な脚本はキューブリックとサザーンが共同で執筆し、撮影の日々にまで改稿が続けられた。
映画は、1962年のキューバ危機や「ミサイルギャップ」の議論を反映した時代背景を描いている。当時の核戦争への不安や、アイゼンハワー政権下で計画された核攻撃政策が物語の根底にある。これに基づき、アメリカとソ連間の冷戦の緊張を核の恐怖として鋭く表現した。この題材は、現実と不条理の境界を巧妙に歩む映画の骨格となった。
キューブリックは異才を放つキャスト陣を集結させた。ピーター・セラーズは、多彩な演技力を発揮し、3つの重要な役柄を演じる。その中で際立つのはストレンジラブ博士のキャラクターで、元ナチスの科学者として場を圧倒する存在感を持っている。また、セラーズは大統領マーキン・マフレー役としてアメリカの自由主義のパロディを演じた。一方、セラーズが演じられなかった爆撃機パイロットの役にはスリム・ピケンズが起用され、その自然体の演技が映画のリアリティを支える。さらに、ジョージ・C・スコットが将軍バック・タージッドソンを滑稽かつ説得力のある人物として描き出したことも特筆すべきだ。
視覚面では、映画に登場するペンタゴンの作戦司令室のセットは、その壮大さと暗鬱さで観客を圧倒する。キューブリックは、建築的なデザインを通して、権力の冷たさと不条理を表現した。広い司令室、黒光りする円卓、ぶら下がる巨大な蛍光灯などの構成要素が、物語の象徴的な背景を成している。一方で、B-52が北極上空を飛ぶ映像の壮大さは、世界の破滅を予感させる。また、戦闘シーンには手持ちカメラを使用し、暴力の混沌と現実感を強調した。
ストーリー展開では、軍隊の官僚主義と荒唐無稽な論理が核戦争の危機に発展する過程を詳細に描く。例えば、リッパー将軍の偏執的な思い込みは、彼の「体液」の純粋性への妄信に根差しており、これがすべての悲劇を引き起こす。また、ストレンジラブ博士が戦後の地下社会の構築を冷静に論じる場面は、ブラックユーモアの極致であり、観客を同時に笑わせ、恐怖に陥れる。
『博士の異常な愛情』は、アメリカ社会の風刺でありながらも、国際的なテーマを普遍的に描いている。この作品は単なるブラックコメディに留まらず、政治、軍事、個人の狂気を高度な芸術性で結びつけた映画史の傑作である。

